2017年9月19日火曜日

颱風一過

颱風18号がようやく温帯低気圧に変わり、宗谷岬からサハリン沖へと去って行きました。九州、四国、近畿、東北と再上陸を繰り返し、北海道に達しました。島しょ部を除く、本州4島全てに5回再上陸した台風は、今回の18号が初めてとの事。

明石へ再上陸した際、小6の孫から電話があり、車のワイパーを最強にしても前が見えない時の様な雨が窓を打っていると、実況中継をしてくれました。普段はベランダから、明石海峡大橋の全景が目の前に見えるのですが、再上陸した颱風に、まともに暴風雨を喰らったようです。

各地で人的、物的な被害が出ております。犠牲になられた方も居られます。読者の皆様には被害が無かったでしょうか。お見舞い申します。颱風一過。北海道では未だ雨の所があるようですが、三連休も終わり、今日から仕事です。

月初めから、紀伊俳壇310句、住吉大社観月祭献詠俳句630句、西播磨俳句祭1800句と大きな波が続きましたがいずれも無事完了、11月号の雑詠選に集中しています。そろそろ鷹の渡りが始まります。夏の疲れもそろそろ出て来ます。お大事にお過ごし下さい。

2017年9月14日木曜日

御影公会堂のこと

紀伊民報の紀伊俳壇の投句の選に始まって、大阪の住𠮷大社観月祭献詠俳句の選まで、今月前半は実に忙しい日が続きました。兵庫県警と滋賀県警の機関誌の俳壇の選や、「俳句界」11月号のエッセイ等の締め切りにも追われました。それらも無事、15日の締め切りに間に合いました。私はどうも、追い込まれた時のプレッシャーに強いようで、今迄もピンチをチャンスと捉え、何とか切り抜け来ました。

今日は、千鳥句会で神戸の石屋川沿いを吟行し、新装なった御影公会堂で句会を開きました。この公会堂は昭和8年に、白鶴酒造の7代目社長の嘉納治兵衛氏の寄付で建設されたもので、今次の戦争の悲惨さを描いた映画「火垂るの墓」の舞台としても有名です。戦災で内部は焼け落ちましたが、選後の昭和28年に改修工事が完成、神戸市民の結婚式場にも利用されました。平成7年に発生した阪神淡路大震災では、避難所として活用されました。震災の影響が建物の各所に出ていましたが、昨年から始まった耐震改修工事がこのほど終了しました。

地下にある食堂もリニューアルされ、クラシックな雰囲気の中で、名物のオムライスが楽しめます。東灘区が所管する公的な施設であり、各種の会費室やホ―ルが、かなり安く借りられます。今日私達が借りた会議室も、午後1時から4時半まで借りて1,400円です。十数名の句会等で借りるにしても、無理の無い値段です。東側を石屋川の清流が流れており、北側は公園。その先は御影綱敷天満宮へと続いており、句材は豊富です。興味のある方は是非吟行にお出かけください。

    秋風や小さくなりしオムライス   伸一路

2017年8月27日日曜日

俳句と漢字

先日の句会で、父母を「ちちはは」と書いた句が有りました。作者は、漢字で書くと句が固くなる、と思われたそうですが、常用漢字にある字は、基本的には漢字で書きましょう。句の外面を云々するのは一流の俳人になってから、と申します。それより、誰が読んでも分かり易い句に仕上げることが大切です。

七夕の竹が、願い事の重さでしないます。漢字で書くと「撓ふ」ですが、これはなかなか読めない。俳句愛好家にしか読めない漢字、例えば岳黙、何人の人が「だけもだ」と読めるでしょう。「六甲の嶺々を包みて岳の黙」という句が有ったとしましょう。私達は「ろっこうのーねねをつつみてーだけのもだ」と読めますが、俳句をしない人が読めるでしょうか。隠沼も然り。「こもりぬ」と読めますか。句集を上梓して先ず言われるのが「漢字が難しくて読めない」。読めて当然と思っている字が、俳句をしない人には読めない。これではいつまでたっても「高尚な趣味」と言われます。

日本人にとって、俳句は日常生活の一部であり、詠む詠まないを問わず、私達の日々の生活に溶け込んでいます。俳句は日々の生活から不断に作られる詩だと思います。楽しい時、嬉しい時、悲しい時、淋しい時、私達は先人の俳句を諳んじたり、自ら詠んだりします。いわゆる庶民の文学なのです。ですから、殊更に難しい漢字を使わず、誰にでも分かるように詠みましょう。高尚な趣味ではなく、楽しい趣味と言われたいものです。

       みちのくの伊達の郡の春田かな  風生
    

2017年8月20日日曜日

吟行会の未来

お盆ですっかりご無沙汰しました。残暑と言うのに、毎日暑い日が続きます。皆様、お変わりありませんか。今日は、垂水漁港や三井アウトレット界隈で、本部吟行を開催、39名が参加されました。句会場は垂水水産会館でした。空調機器が壊れているので猛烈に暑いと聞いていましたが、会場へ入ると快適な冷房。機器を交換したとか。昨日今日で交換した筈はなく、当会の情報収集力の弱さを露呈した結果となりました。

本部吟行の参加者が徐々に減って来ました。逆に本部例会の参加者が増えて来ました。高齢化の影響が大きいと思います。体調を考えると、遠隔地に出かける吟行には参加できないが、交通の便が良い都心部で開催される本部例会には参加できる、そういう方が増えて来ているのでしょう。

かつては、全国でかなりの数の句会があり、それぞれに指導者がおられて、独自で句会や吟句会を開催しておられましたが、指導者の高齢化は如何ともしがたく、ここに来て句会の数が急速に減少して来ました。勉強の場として吟行には是非参加したいと希望される方にとって、その機会が減って来ているのが現状です。

高齢化を勘案し、本部例会を新たに一つ増設する予定ですが、本部吟行も健脚組と足弱組に分ける必要が有るかも知れません。いずれにせよ、当面は本部主導の例会と吟行会を幾つか作って対応する必要があります。その中から句会の指導者が育ってくるのを待ちましょう。やがて各地の句会が再開される日が来るでしょう。

2017年8月6日日曜日

落し文

迷走を重ねた台風5号が、四国・近畿へ近づいて来ています。防災対策を十分にお願いします。特に、大雨に注意下さい。

明8月7日は立秋。ところが今日の大阪の気温は38度、島根県の益田市では39度とか。日本の気候はどうなってしまったのでしょう。今年の残暑は厳しくなるでしょうね。体に応えます。熱中症にはくれぐれもご注意下さい。寝る前に水を一杯飲んでおくと良いそうです。

8月に入って、加古川支部・奈良支部・出水支部の、各例会の後日選を終え、目下紀伊俳壇の選が佳境に入って来ました。仕上がれば次は、兵庫県警の機関誌「旭影」の俳壇の選に掛かります。

ところで、本日は汀子邸で、恒例の下萌会が開催されました。兼題は、星月夜・落し文・墓参。19名の参加でした。他の方の入選句は著作権上問題が有りますので、拙句だけ紹介します。
     墓洗ふとは思ひ出を辿ること   伸一路  汀子特選
     船長の探る航路や星月夜      同   同 入選
     被災地を見守る如く星月夜     同   同 入選
     フランスの落し文とはフランス語  同   同 入選

最後のフランス語の句について、汀子先生は「相変わらずね」と一言。

     穀象と同じ米食ふ親しさに     伸一路
     畑を焼く時は縄文人の顔      同

従来からこんな句を詠んでいますので、またかと思われたのでしょう。選に漏れた句は、

     鳥達の噂となりて落し文      伸一路

さすがに汀子先生も、「もういいわ」と思われたのでしょうね。出さなかったのですが、

     お奉行の吟味となりし落し文    伸一路

私の句風を「大らかにして繊細」と評された俳人がおられますが、この辺が大らかなのかもしれません。出席された方から、江戸期の本物の「落し文」をご覧になった話しを伺いました。凶状持ちに宛てた、三味線のお師匠さんのものだとか。お奉行様がご覧になったかどうかは分かりませんが、本当に「落し文」が有ったとは驚きでした。
   

2017年7月28日金曜日

「選後に」について

ブログを開けるのは久しぶりです。本日九年母8月号を発送しました。来週の前半くらいには、お手元に届くと思います。この号も、内容が盛り沢山で、お楽しみ頂ける筈です。楽しみにお待ちください。

私の「選後に」の欄に関する評価を、沢山の方から頂いています居ます。渾身の思いで執筆していますので、参考にして下さい。それにしても、投句者の皆さんの句が、月を追って良くなって来ているのには驚きです。主宰を引き継いだ時の、平成27年7月号の雑詠欄の4句入選者は約80名と記憶していますが、この8月号では倍以上になっています。特に、かつて3句欄におられた方の実力が伸びて来ているのを、ひしひしと感じます。投句用紙の通信欄で、俳句の詠み方が少し分って来た、と書いて来られる方が増えて来ました。句作のヒントは「選後に」の選評の中に書いてあります。どしどし実験をしてみて下さい。そして、今までの殻を破って、華麗に変身して下さい。

それにしても7月は多忙でした。何より、実の母(94歳)を見送ったことが、精神的に応えました。続いて、尊敬する大先輩の永岡うろおさんが91歳で亡くなられたこともダメージでした。仕事も停滞し、追い付くのにかなり苦労をしましたが、今日無事に発送が終わり、正直、ほっとしています。

明日は、すみれ句会の奈良吟行で、飛火野を訪ねます。夕方から芦屋夏祭りがあり、孫達が帰って来ます。暑い日が続きますが、ご自愛下さい。

2017年7月21日金曜日

偉大な先達

豊臣秀吉の正室、北の政所こと寧々の隠居所と言われる有馬の念仏寺第25世、永岡大純老僧が、18日、91歳を一期として遷化されました。俳号を「うろお」と申された老僧は、播水の大黒柱のお一人として活躍され、同人会の会長として、同会の発展に尽くされました。

私が血液癌で入院した今から15年前、御丁寧なお見舞いをお送り頂き、長文のお手紙で励まして頂きました。退院後も、お寺を訪ねる度に、播水時代のお話を聞かせて頂きました。鳥の話がお好きでした。「へー」と相槌を内ながら、熱心にお聞き下さいました。雨がひどいからもう暫く居りなさいと、なかなか帰して頂けない事もありました。

焼香者の名前が読み上げられるのを聞いていて、その交際範囲の広いのに驚きました。宗教関係の仕事は申すまでもなく、地域振興などの様々な公職にも付かれ、大きな貢献をされた事が良く分かりました。

我が九年母会は、哲也先生に続いて、偉大な先達を見送りました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

       発たれたる咲き継ぐ沙羅を見届けて   伸一路

本部では、弔句を募集しています。お志の方は、今月中に編集部へ1句をお送り下さい。送付先は九年母誌の連絡先を参照して下さい。