2024年4月17日水曜日

春うらら

春もたけなわ。今日は5月中旬の気温になり、大陸から黄沙が飛来しました。薬局に出掛けましたが、厳重に黄砂対策をして出かけました。黄砂が降ると心筋梗塞が増えるとのこと。怖いですね。

ところで「麗か」 という季題がありますが、雑詠の選をしていると、「春うらら」という使い方をした句を見かけます。雑詠投句から例を曳かせていただきます。

    たむろして動かぬ鹿や春うらら

    春うらら絵本を膝に足湯かな

春うららという季題は、ホトトギス新歳時記は勿論、何でも有りの角川俳句大歳時記にもありません。「収め句座」や「阪神忌」のようなローカル季題でもなさそうです。「秋麗」という季題があるので、誰かが「春麗」を発明したのかも知れません。

「春うらら」を使った句が投句された場合はどうすればよいでしょう。私は季重なりと考えて見送ります。因みに、ホトトギスでは「秋麗」は使わず「秋晴」を使います。その昔、高知競馬場に90回ほど負け続けている競馬の馬がいて、その名が「ハルウララ」でした。 

2024年3月19日火曜日

住吉大社松苗神事献詠俳句の最終選考

 本日(3月19日)午前10時から、住吉大社吉祥殿にて松苗神事献詠俳句の選者会(最終選考会)が開催され、応募作品501句の中から予選で選ばれた19句の最終選考が行われました。選考は「かつらぎ」主宰森田純一郎、「未央」主宰古賀しぐれの各先生方と私の3名で担当しました。最終選考にノミネートされた九年母関係者の句は8句。その結果は以下の通りです。

  天賞  平 敦子  未来への言伝てとせん苗木植う

  佳作  稲家民枝  海神の松籟とはに苗木植う

  同   尾崎吾郎  受け継ぎし祈りのこころ苗木植う

  同   山本容子  大神の杜囃すごと百千鳥

  同   猪谷信子  イヤリング指輪外して苗木植う

以上の5句が入選となり、残念ながら3名の方の句は見送りとなりました。今回の特徴は、能登の大震災に心を寄せた句がたくさんあったことです。コロナ禍やウクライナやパレスチナの戦争など、社会問題を詠んだ句が毎年続いていますが、時事句にとどまってしまって詩にまで詠めていない句が多かったように思います。表彰式は4月3日に、大社の第一本宮で神前報告式、境内の庭で植樹式が斎行されます。私も選者として参列します。

なお、選者と大社の皆様との懇談会の中で、俳誌「雨月」の先代の主宰であった大橋晄さんの訃が森田さんから伝えられ、大いに驚きました。帰宅後に弔電を手配しましたが、コロナ禍の前まではお元気でこの選者会に参加しておられましたので、まことに残念なことです。出席者一同、在りし日のお姿を偲びました。

心からご冥福をお祈り申し上げます。

2024年2月20日火曜日

「俳句界」のグラビア撮影

 2月19日月曜日、正午から予定通り「俳句界」4月号のグラビアの撮影が始まりました。東京から来られた副編集長さんがてきぱきと撮影場所を指示され、私はひたすら微笑んだり真剣なまなざしになったりと百面相を作り、被写体として頑張りました。微笑み続けていると、顔が引きつって来ます。癌の影響で猫背になっているので、背筋を伸ばすのが大変でした。どんな写真が撮れたかは4月号のお楽しみです。

写真撮影の後、食事をしながらインタビューを受けました。副編集長さんが私の大学の後輩だということと、お住いが私が学生時代を過ごした杉並区下井草であることが分かってからは、先輩と後輩の語らいの様相となり、学生時代の事、下井草の思い出など、いろんなことを語り合いました。九年母の進むべき道や主宰の在り方、組織の充実や人材育成など、幅広い話題を語り尽し、ふと気が付いたら3時間が経過していました。副編集長さんがどのように纏められるかも楽しみです。

4月号には写真の他に、私の800字のエッセイと近作30句も掲載されます。是非ご一読下さい。

2024年2月16日金曜日

明石市の俳句教室

 2月15日、明石市高年クラブ連合会主催の俳句教室が明石市立勤労福祉会館で開催され、講師を務めました。参加者は25名、和やかな句会になりました。句会と言っても、事前に葉書で2句投句していただき、私が選をして句会当日に成績を発表するとともに全句の講評をするというもので、互選はありません。

従って選の力を磨くというより作句力を磨くのに役に立つ教室と言えます。特選8句。入選18句、選外24句をすべて句評し、特選の句に記念品(九年母のバックナンバー)を差し上げました。

受講された2人の方から、18日の石ケ谷公園での九年母本部吟行に参加したいとの申し出がありました。当日10時に、公園の中でお会いする約束です。皆さんのご協力をお願いします。

最近、句会のマンネリ化を感じています。互選では無難な句の採り合いの状況が見られます。類句や類想句を特選に採っている人も見かけます。マンネリ化から脱皮するためにはどうすれば良いか。自分の硬くなった殻を内側から壊して新しい俳句作家に生まれ変わるためには、思い切って挑戦してみることです。互選で採るられることだけに腐心しているとマンネリ化した句になりやすい。新しい境地を開拓しましょう。

     その竿で何が捕れるの若布だよ   伸一路

2024年2月7日水曜日

「かな」の使い方

 句会の選をしていると「かな」の使い方の誤りが多く見つかります。投句を借用して「かな」の句の実例を幾つか例示しますので、どちらが良いか、考えてみて下さい。

1.①仲見世の客の賑はひ小春かな

  ②仲見世の客の賑はふ小春かな

2.①母の味家伝となりぬ雑煮かな

  ②母の味家伝となりし雑煮かな

3.①塗椀を両手でかかえ雑煮かな

  ②塗椀を両手でかかふ雑煮かな

私はどの句も②の使い方の方が良いと思いますので、①の句は頂きません。如何でしょうか。

和歌の事を敷島の道、連歌の事を筑波の道と上品に呼ぶのに対して、俳句は「やかな」の道と呼ばれます。随分雰囲気が違いますが、「や」・「かな」は俳句の切字の代表格ということでしょう。それだけ頻繁に使われているのに、「や」に比べて「かな」の使い方はぞんざいです。

「かな」が正しく使えれば、入選率が飛躍的に向上します。正しい使い方を心掛けましょう。

2024年1月17日水曜日

常用漢字

 昭和21年(1946年)11月、現代国語を書き表すために、政府が日常使用する漢字の範囲を定めて公布した、1,850字の漢字を当用漢字といいますが、その後見直しが行われ、昭和56年(1981年)3月の国語審議会の答申を受けて、一般社会生活において使用する漢字1945字が選定され、同年10月に告示されされました。これを常用漢字と言い、義務教育で習います。更に平成22年(2010年)の告示で2136字に改められました。

私達はこの常用漢字を使って俳句を詠んでいる訳で、新聞や雑誌なども、原則としてこの常用漢字を使って発行されています。ところがこの常用漢字の他に人名だけに使う人名漢字や、表外漢字と言って常用漢字表に載っていない漢字が有ります。

スマホで調べてみると、表外漢字として、飴、伊、炒、噓、絆、繋、蝶、杖、吊、濡など、日常的に使っている漢字がたくさん有ります。このような漢字は学校では習わず、本を読んだり仕事を処理する中で習い覚えます。俳句を詠む際にも、常用漢字以外の漢字を自然に使っています。

先日「九年母」の雑詠投句に「鵟」という漢字を使った句が有りました。この字は「ノスリ」と読み、鷹の一種です。形は鳶によく似ていて、尾羽が扇を開いた形であることと、両翼の幅が広いことが特徴です。鵟も鳶も、鳩も雀も燕も鴨も、常用漢字ではなく表外漢字です。こんなことが案外、九年母の句は難しいと言われる要因かも知れません。

最初の句集「鳥語」を上梓した時も、漢字がむつかし過ぎるという話を聞きました。特に鳥の名前がたくさん出てきますので、鴛鴦、鶺鴒、梟などは、俳句をしない一般の方は先ず読めないでしょう。ならば片仮名で書く方が良いかどうか。

俳句は詩ですから、漢字か片仮名か、場合によっては平仮名か、どちらがより詩的に表現できるかということで決めれば良いと思います。しかし少なくとも、難解な漢字は避けるべきでしょう。読者が読めて理解できる。これは俳句の大原則ですから。


2023年12月17日日曜日

本部「歳晩風景」吟行

 今日は本部主催の吟行で、三宮の東遊園地からハーバーランド方面を歩きました。毎年12月の本部吟行は歳晩風景を写生することにしています。明石の魚の棚の歳晩風景を探ったこともありますが、最近では三宮界隈を歩くことが恒例化しています。

今回は参加者32名。9時30分にJR三ノ宮駅中央改札口に集合し、先ず東遊園地へ出掛けました。昨年までのこの時期の東遊園地にはルミナリエの電飾が美しく設置されていましたが、今回から、新年1月の開催に変更されました。阪神淡路大震災の犠牲者の鎮魂と神戸の復興を願ってのイベントでしたが、年を追うごとに観光化し、最近では外国からの観光客でごった返すようになりました。素朴な行事が、今では厳しい警備体制が敷かれ、ところてんのように一方通行の道路を押し出されるだけの見世物になってしまった感があります。震災が発生した1月17日に、改めて鎮魂の行事として再出発するように期待しています。

鎮魂の灯火「希望の火」を拝し、新設の「こども図書館」を眺めて句作した後、ハーバーランドへの道を辿りました。ここには震災で破壊された波止場が当時のままに保存されています。斜めになった外灯や壊れた岩壁の残骸に冬の潮が打ち寄せる光景に、当時を偲びました。対岸の埠頭には海王丸・日本丸の2隻の練習船が錨を降ろし、冬日の中に静かに佇んでいました。

その後、東遊園地の近くにある中央区文化センターに場所を移して、句会を開催、久しぶりに30名を超える盛会となりました。これだけ大きな句会になると、なかなか主宰の選に入るのは難しい。先ず互選に一句でも入れば喜ぶべし、と先代の主宰も仰っていました。

但しその句を誰が採ってくれたか、しっかり記録しておくことが大切です。自分より技量が上の人が採ってくれたら、次は更に上に人が採ってくれるように頑張りましょう。会の幹部クラスの人が採ってくれる様になってきたら、実力が向上してきた証です。漫然と聞き過ごすことが無いように、本部例会や本部吟行を賢く利用することをお勧めします。